釣り人が思う「優しく」と魚にとっての「優しく」は違うから…|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2011》 | SWマガジンweb | 海のルアーマンのための総合情報メディア - Part 2

釣り人が思う「優しく」と魚にとっての「優しく」は違うから…|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2011》

魚をリリースする際の注意点

鱗と粘液は両方あってこそその役目を果たす。鱗のない魚たちは厚い粘液層を持っているものが少なくないが、分厚い粘液は鱗の役目も果たすのである。鱗は外からの物理的な力、たとえば捕食者からの歯の攻撃や、体当たり攻撃に備えるためのものである。

また、粘液は鱗と鱗の間や表面を埋め、バリアを強化するとともに細菌などの侵入を防ぐ。たとえていうと「お風呂の隙間シール」のようなものである。鱗がきれいに残っているからといって生き残れるとは限らないのだ。

だからキャッチ&リリースの場合などでは、私は鱗よりもむしろ粘液を取らない方に注意を払っている。鱗というものはもともと剥がされることを想定して作られているので再生する。だが、粘液を取ってしまうと体力を回復するまでに細菌の力によって死んでしまうからである。

だからリリース前提のときには乾いた地面には置かないことだ。特に乾いた砂などがある地面は最悪である。逆にゴツゴツした岩場であっても、濡れていればたとえ少々鱗が剥がれても魚へのダメージは考えるほど大きくない。むしろ心配するあまり体についた砂や泥をタオルでぬぐったり、魚体を手で持ったりする方がよくない。

最近は魚の口を挟む便利なツールも出ており、これを使うのが最高だろう。なければ見かけはわるいが指で唇のみをつかみ、そのまま放り投げるのが一番ダメージが小さい。釣り人が思う「優しく」と魚に取っての「優しく」は違うからだ。

釣り・魚・リリース方法3
リリースする際は極力魚にダメージが残らない方法で…。

鱗は魚の履歴書

鱗は体を守る以外にも浸透圧の調整をしたり、水温や水圧を感知して危険を察知するセンサーとしての役割をする大事なものだが、実は魚の状態を知るには欠かせないものである。たとえば、魚の寿命を知る一番の方法は鱗の年輪である。

魚の鱗は成長に伴って大きくなっていくが、その記録は鱗に刻まれる。すなわち鱗はその魚の履歴書のようなものだ。木の年輪が刻まれるのは、寒い冬と暑い夏が繰り返されることでその成長の度合が年輪となって現われるからだが、鱗の年輪もまったく同じ理由による。

鱗を剥がして光に透かすと年輪が見える。この筋の部分を数えていくとそれがその魚の年齢になる。この鱗の年輪数えは学生のころにイワナやヤマメ、あるいはサケでずいぶんとやった。だが、サケなどは成長が早くて寿命が短いので分かりやすいが、実はどの魚もそんなに簡単に分かるわけではない。中には1年に2本の線ができる種があったりして研究者はみな苦労しているようだ。

詳しくいうと、年輪をもっと細かく見るとその筋は1日1日入っていることがわかる。少し考えればそれは当然だろう。魚の成長は日々行なわれているので1年に1回、ポンと1本の年輪が入るわけがない。毎日入るのが当たり前で、これを日輪という。正しくは、1日1日の筋が密になっているところ(すなわち成長の遅いところ)が色が濃くなり、年輪になって見えるということである。

ただ、魚によっては先に述べたようにその筋が年に数本入ったり、はっきりしていなかったりということで、鱗の情報だけで年齢を判定するのは難しい。また、先に述べたように鱗はさまざまな形で剥がれ落ちてしまうことが多く、正しくその魚の年齢を示しているとはいえない。鱗を採取するときはなるべく剥がれにくい場所ということで胸ビレの上の部分で取ることが多いが、これとて正しいとはいえないのである。

そんなわけで、より正しく年齢を調べる場合は、鱗よりも魚の頭の中にある耳石(じせき)というものを取ることが普通である。この耳石は鱗と同様に年輪が入るが、鱗と違って生きている間はずっと体の中にある。このため鱗よりも情報がしっかりしているからである。

鱗にはこのように魚の成長が刻まれるのであるが、暑い寒いの情報だけでなく、魚の体の状態も刻まれる。たとえば、魚が体をこわして餌を十分に取れなくなるとそのぶん成長が鈍って線が密になり、そこに年輪が刻まれてしまうことがある。そうなると魚の寿命は見た目には1年プラスされてしまう。そんなこともあって鱗から魚の年齢を知るのはなかなか難しいことなのである。

また、水族館のように水温が1年を通して管理され、餌もいつも同じように与えられている環境にいる魚たちでは、その年輪は過酷な海で暮らしている魚たちと比べておそらく入り方が相当ぼやけたものになっていることは想像に難くない。

とはいえ、体の情報をまるで飛行機のフライトレコーダーのように刻む鱗は、私たち人間からするとなかなか魅力的なものにも思える。仮に人間に鱗があったら、ときおりそれを剥がして検査に出せば、体のわるいところがたちどころにわかるといった機械かなんかがとうに発明されていることだろう。

だったら大変な健康診断や高価な人間ドックなんかがいらない世の中になっている。ときの総理も将来の健康保険問題などに頭を痛める必要がなかったかもしれない。

ただ、私のようにのんべんだらりと生きている人間の場合には、水族館の魚たちと同様に年輪は相当にボケていて診断不可とされる恐れが大だが。


【宇井晋介・プロフィール】

幼いころから南紀の海と釣りに親しみ、北里大学水産学部水産増殖学科を卒業後、株式会社串本海中公園センターに入社。同公園の館長を務めた海と魚のエキスパート。現在は串本町観光協会の事務局長としてその手腕を振るっている。また、多くの激務をかかえながらもSWゲームのパイオニアとして「釣り竿という道具を使って自然に溶け込む」というスタンスで磯のヒラスズキ狙いやマイボートでのおかず釣りを楽しんでいる。

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