パイオニアの釈迦スタイル《PART2》
情報のない時代ならではの楽しさを知っているからこそ釣りへの探求心は色あせません。今後も新たな発見を求めて…
解説:辻本 隆
アングラーとしてのルーツ
私が海のルアーフィッシングを始めたのは20歳のころ。40年以上前のことです。投げ釣り少年だったころ、餌を買いに行くと釣り具店のおばちゃんから「木材港でスズキが釣れてる」と教えてもらいました。翌朝からキス釣りに行く予定でしたが、夕方に少しだけ見に行くことにして、せっかくだからとコンパクトロッドにアブのトビー(スプーン)12㌘をセットして持参しました。何と、その1投めに57㌢がヒットしたのです。これが私のルアー元年となりました。
当時、スズキ釣りといえば夏の夜釣りで、しかも木材港では餌釣りでは2ケタ釣果もあるのに対してルアーでは年間7匹という釣果しか得られず、難しさを感じました。しかし、ヒットしたときの感触や引きの強さに魅せられ、投げ釣りに行くときもルアーを必ず持参するようになりました。とはいえ、私が住んでいた岸和田ではシーバスロッドは入手できず、バスロッドを使っていました。
そのタックルでは南紀・古座の赤灯と紀北の水軒で、いずれも75㌢のシーバスをキャッチしました。その後、シェイクスピアのグラスのシーバスロッドを手に入れ、ほどなくしてケイロンのカーボンロッドも使いだしました。リールはカーディナル55を使用し、何匹かのシーバスをキャッチしました。ただ、いずれも釣ったのは6月。この時点でまだ夏の釣りだと思っていたのです。
そのころは有田川河口によく通っていましたがシーバスは釣れず、明るくなってから小さいながらもヒラメがよく釣れました。11月いっぱいは釣行のたびに数匹のヒラメが釣れ、12月は仕事が忙しくて釣行できなかったので翌年の元日にヒラメ狙いで有田川へ向かいました。
ヒラメの時合は明るくなってからなので車中でのんびりしていると、何だか外が騒がしい…。見ていると、シーバスロッドや磯竿にルアーをセットした地元の方が自転車やバイクで何人も通るのです。私も大急ぎでタックルをセットしてポイントに向かいましたが、すでに河口の角は満員状態。仕方なくテトラ帯の中ほどに入りました。そして、このとき86㌢と63㌢のシーバスという思わぬ釣果を得たのです。
当然、意気揚々と引き上げたのですが、河口付近ではそれどころではなく各自が80㌢クラスを数匹ずつ、テトラの上を歩くのもシーバスをまたぎながらというありさまでした。この経験からシーバスは冬場によく釣れることを知り、その後は雑誌でも海のルアーFの記事を見かけるようになりました。
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