船の事故で助かるためには… ~海を愛する釣り人の心得~|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2014》
海に出ていれば1度や2度は怖い目に遭う。そのことを踏まえて釣り人は海を愛するのと同時に、海を恐れ、もしものときの十分な予防措置と心構えを持っておくべきだ…
文:宇井晋介
※このエッセイはSWマガジン2014年7月号に掲載されたものです。
韓国で痛ましい旅客船事故が発生した。新しいニュースが入ってくるたびに驚くような事実が次から次に明るみに出る、そんな感じであった。
船が沈みかけているのに避難誘導しない船長や船員、おまけに彼らは乗客を残してまっ先に逃げるという聞いたこともない行動に出た。積載能力の倍もの荷物を載せて固定も不十分、それが常態化していた。これを見逃す役人、役所、そして国。この事故は人災だといわれるが、まさにその通りだと思う。つくづく亡くなったたくさんの若い命を思うと無念である。
昔から船乗りは「板子1枚下は地獄」といった。文明が進んだ今でもそれはまったくかわらない。確かに船は工業技術の進歩によって丈夫で安全になり、事故に遭遇する危険は大幅に減ったことだろう。しかし、1歩間違えば…、というのもまた海にはつきものなのである。
船の事故
私自身も船を持っているが、これまでに何度かヒヤリとすることがあった。1度は潮岬沖を航行していたときのこと。灯台下の難所、コメツブ沖にきたとき、突然見上げるような大波が左舷後方から襲ってきたのだ。もとより潮流が速く、迅速に逃げられない状況であっという間に左舷からきた大波がそれこそ頭の上から落ちてきた。水の音とは思えない轟音が響いた。何とか船べりにしがみついたが、滝のような水で全身ずぶ濡れ。デッキには海水が溢れ、フタがはずれたカンコ(デッキ下の物入れやイケスになっている部分)の入り口から海水がどうどうと船内に流れ込んでいる。あまりに大量の水が一気にデッキに入ったのでフタが浮いてしまったのだ。
今度の韓国での事故でもそうだが、船は重心が高くなるのが一番怖い。いわゆるトップヘビーという状態であり、船が本来持つ起き上がりこぼしのような復元力を失ってしまう。続けてきた大波をなんとかクリアしたので沈没は免れたが、もう1つ続けて水が入れば完全に転覆していたに違いない。
また、以前に串本から小さなクルーザーで沖縄まで行ったときには足摺の沖で大シケになって驚くような体験をした。このときには足摺岬の沖で大荒れとなり、大波に向かって微速前進を余儀なくされていたのだが、どこからきたのか突如数百頭のゴンドウクジラとイルカの群れが前方に現われ、我々とすれ違う形になった。前も見えないような大波と強風の中、彼らが狂喜して(我々にはそう見えた)集団で飛び跳ねる様子は、それこそ地獄からの使いのような気さえしてこの世のものとは思えなかった。
他にも、船のエンジンルームの排気管が破れて高温の排ガスが吹き出し、船室の壁の油に火がついて煙がモクモク、もう少しで船火事になりそうだったこともある。
船では船長命令が絶対
海に出ていれば1度や2度は怖い目に遭う。だが、そのときに命まで取られるかそうでないかは知識のあるなしによる。今度の事故ではほとんどの乗客が救命胴衣をつけていたといわれる。それだけの時間的余裕はあったということだ。しかし、残念ながら多くの命が失われた。救命胴衣はつけたが、船長命令で脱出せず船内にとどまったからだ。
船では船長命令が絶対である。船長は船の総責任者なので緊急時には最大権限を持つように定めてあるのだ。だから、もしみなさんが同じような事故に遭遇したら、今度の犠牲者と同じように船長命令に従うのが正しい行動なのだ。ただ、本来そういう取り決めをしているのは、船長命令によって乗客がパニックにならず安全に避難できるようにするためで、肝心の船長が先に逃げてしまったのでは話にならない。
では、釣り人が利用するような小型船ではどうだろう。たとえば先のようにエンジンルームから火が出た場合、まっ先に行なうのは消火活動だろう。それで消えなければ船から逃げることを考えないといけない。釣りに使うような小型船舶はほぼすべてFRP、いわゆるガラス繊維でできているから火事になると船体は燃えてしまう。ガラス繊維を固めてあるレジンという樹脂が燃え、ガラス繊維がバラバラになってしまうからだ。
大型の鉄の船だと燃えても沈没の恐れは少ないが、グラスの船だとそうはいかない。そこでいつ船を捨てるかという決定は誰が下すのかといえば、それはやはり船長である。ただ、船火事の場合には普通沈没するまで時間は相当あり、逃げ出すのは難しくなさそうである。しかし、火事ではなく船同士の衝突などでは損傷具合によっては沈没が極めて短い時間に起こる場合もある。そうしたことも踏まえて船の釣りでは、乗船している間は必ず救命胴衣を着用するように心がけるべきである。
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