野生動物である魚にとっての餌とは?|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2013》 | SWマガジンweb | 海のルアーマンのための総合情報メディア

野生動物である魚にとっての餌とは?|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2013》

釣りエッセイ・魚の餌付け1

山の野生動物を例にとると、人間の与える餌に慣れてしまうともともとの食性に戻ろうとしなくなり、これが大きな社会問題となっている。では、同じ野生動物である魚の場合、撒き餌などによる餌付けは同じような影響を及ぼすのだろうか…?

文:宇井晋介

※このエッセイはSWマガジン2013年9月号に掲載されたものです。

餌付けが抱えるさまざまな問題

餌とは何か。インターネットで調べてみると「餌とは動物を飼育するため、または捕獲するための食べ物」とある。そう、餌とは人間の食べるもの、動物の食べるものという区別からくる名称ではないのだ。だから、私たちが魚を釣ろうとしてハリにつけるのは「餌」であるが、野生の魚が食べているのは厳密には「餌」と呼ぶのはおかしい。それは彼らにとって「食べ物」であるからだ。

それはさておき、最近では「野生動物に餌をやらないで下さい」という看板を特に都市近郊の住宅地で見かけることが多くなった。看板が多いということは、とりもなおさず実際に野生動物に餌を与えている人が多いことを意味する。野生のタヌキ、特に子ダヌキたちが目の前で餌を食べている光景は微笑ましい。野生動物との触れ合いとでも呼べる時間は、子供たちの情操教育にも決してわるい影響を与えるものではないだろう。

野生動物への餌付けが禁止される一番の問題は、たとえば餌付けされたイノシシやサルなどが人間の持っている餌を奪い取ろうと襲ってきたり、人家に近づいて人間と接触することが不慮の事故に繋がるからである。実際、都市近郊の住宅地でイノシシに襲われたり、クマが人家に降りてきてゴミ箱をあさったりという事件があとを絶たない。

餌をもらうことに慣れた野生動物は、本来人間との間にある目に見えない警戒ラインを容易に踏み越える。ただ、これらは人間への被害を恐れてのことだが、餌をもらう側の野生動物にとっても実は餌付けはさまざまな問題を抱えている。

たとえば、これまで必死の思いで餌を捜していた動物の目の前に突然おいしい餌が落ちてきたとしよう。動物は基本的に、なるべく体力を消耗しない方法(すなわちローコスト)で、たくさんの餌(すなわちハイリターン)を得ようとする。それが種を維持し、子孫を残すための最も有効な方法だからだ。だから人間の与える餌に慣れてしまった野生動物は、もともとの食性に戻ろうとしなくなる。当たり前だ。我々でも遊んで暮らせて高い給料がもらえる仕事があれば、あくせく働いて給料の安い仕事につこうとは思わない。

釣りエッセイ・魚の餌付け2
魚もローコストでハイリターンの捕食が基本。それはルアー釣りを通しても実感できることがある。

ただその段階で、この野生動物はもはや野生ではなく、その与える食べ物はすなわち「餌」となり、野生動物は限りなく家畜に近い存在になる。しかし、彼らは家畜のように人間のいうことを聞くわけではなく、食料になるわけでもなく、ましてや人間の役に立つ存在ではない。栄養がよくなって子孫が増え、その結果として人間社会とのあつれきから駆除されてしまうことも少なくない。

また、栄養の偏りも問題になる。本来野生動物のほとんどはあらゆる食物を食べる雑食性であり、純粋な肉食動物でも獲物を生で食べることで、さまざまな栄養素を得ている。

ところが、人間の与えるものはお菓子であったりパンであったりと、特定のものだけであることが多い。そうなると家畜化した野生動物の栄養は極端に偏り、ときには病気になったり寿命を縮めてしまう。インスタントラーメンやスナック菓子ばかり食べている現代っ子の健康が危ぶまれているがそれと同じである。家畜化した野生動物の将来の健康が危ぶまれることになってしまうのである。

また、食料を求めて特定の場所にいくつもの集団が集まり、自然では考えられない高密度の大きな集団になることがある。○○山のサル公園などはその典型だ。本来ならあり得ない多数のサルたちが集まり、その人口密度ならぬサル口密度は自然では絶対あり得ないものである。

こうした場所で何かの感染症などが流行した場合には、その巨大集団全体が一気に感染することになる。本来小グループで別々に活動してリスク分散しているものが、タガがはずれた状態になってしまう危険がある。その他にも野生動物が家畜化することにはさまざまなリスクがある。それゆえに野生動物の餌付けは大きな社会問題となっているのである。

魚の餌付けについて

私たち釣り人にとっても、これは決してよその山のできごとではない。たとえば、釣りでは撒き餌で魚を集めるのはごく普通のことである。最近の釣りにおいて最も広く使われる撒き餌は沖アミである。この下等なエビのような動物は、日本からすると地球の裏側にあたる南極周辺の海中に大量に生息し、その量は数億㌧に達し、地球上で最も成功した生物であるといわれている。

沖アミが釣り餌としていかに優れているかは、釣り人であるみなさんが最もよく知っておられる通りである。海釣りでは、沖アミを持って行きさえすればほとんどの魚を釣ることができる。おそらく海釣りでは最強の釣り餌の1つといえるだろう。カサゴやベラなどの根魚はもちろん、マグロやカツオなどの回遊魚も普通に釣れてしまうその実力は「魔法の餌」といってもおかしくない。

しかし、沖アミはもともと日本近海には見られない生き物。そんな餌が撒き餌や刺し餌としてこれほど深く浸透していることは、まさに山のタヌキの餌付けと同じく、海で魚を餌付けしていることに他ならない。

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