「水清ければ魚棲まず⁉」自然の持っている絶妙なバランス感覚|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2012》 | SWマガジンweb | 海のルアーマンのための総合情報メディア - Part 2

「水清ければ魚棲まず⁉」自然の持っている絶妙なバランス感覚|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2012》

人間が生まれてくる前の自然は今よりも…

そういわれれば私にも思い当たることがいくつもある。中学生~高校生のころ近くの川の河口にある干潟では大きなアサリが山のように取れた。大判小判がザックザックという歌があるが、それこそクワを入れれば大きなアサリが子供でもザックザック取れたのである。

ところがそれから数年後、環境への垂れ流しが問題になっていた流域の養豚業者が廃業したとたん、この大アサリはまったく取れなくなってしまったのである。そんな風なことが結構あっちこっちであった。

また、あまり気持ちのよい話ではないが、子供のころはまだ屎尿処理場というものがなく、集められた屎尿は専用の船に積まれて沖合まで運ばれ黒潮の近くで流されていた。船員に聞くところによると、屎尿を流し始めるとどこからともなく小魚が集まり、それを追って大きな魚も集まってきたという。また海岸ベリの牛舎では海べりに牛糞が山のように積まれていた。雨が降れば溶け出し、高い波が出れば崩れて海に流れ出していた。もちろん人糞は田畑の肥料に使われていた。

それにもかかわらず目の前の海は春にはその上を歩けるのではと思えるくらい海藻のホンダワラが湾を埋め尽くし、魚の量も今とは桁違いに多かった。海藻は根がないので海中の養分を体の表面から直接取り込むことで生長する。それからすると当時の海岸には陸から流れ込む「汚いもの」すなわち養分が今よりも大量に含まれていたのだろう。アサリが減った原因も豚舎から流れ出す養分に養われていたプランクトンが減少し、アサリの餌が減ってしまったからだろう。そう考えると、瀬戸内海の魚の減少の原因が海がきれいになり過ぎたからという意見にも「なるほど」と頷けるところも多いのである。

釣りエッセイ・宇井晋介3
私の幼少時代と現在を比較すると環境がさまがわりしているが…。

ただ、黙って聞いていれば「なるほど」と思えるこの説であるが、首をかしげることも多い。たとえば人間が出す汚れが海の資源の栄養としてひと役買っていたのなら、人間が生まれてくる前の自然はやはり貧栄養で生き物は少なかったのかという素朴な疑問だ。答はノー。おそらく人間が生まれてくる前の自然は今よりもずっとずっと豊かであったことは想像に難くない。

瀬戸内海などでは海水中の窒素やリンの減少に伴って赤潮の発生がグンと減った。ただ、意に反して魚の資源量もどんどん減っている。そのおかげでかつては悪魔の権化のように嫌われた赤潮を、今や「毒性がなければ魚の餌としても有効」などという始末である。かといって人間の出す排水の量や質をコントロールすることによって、人間に都合のよいプランクトンだけを繁殖させるなどというご都合主義がうまくいくとは到底思えない。第一、これまで多額の費用をかけて行なってきた排水対策、すなわち公害対策を今さら反故にして規制を緩和できるのか、はなはだ疑問である。

微妙なさじ加減がひとつ狂えば…

魚の減少にはこれ以外にさまざまな原因説がある。たとえば水がきれいになり過ぎたという話とは真っ向から対立するが、水が汚れたという説がある。私的には、子供のころから知っている海を例にあげるなら、透視度は大きくかわらないが、海底に積もる泥の量がどこも増えたように感じている。昔なら海底の石をひっくり返してトコブシを見つけても泥が舞い上がらなかったようなところでも、今は泥が舞い上がって前が見えなくなる。そんなところが少なくない。

これは陸上の開発、すなわち地面の表面をはぎ取る宅地造成や道路工事などが多くなり、雨のたびにむき出しの土が泥となって海に流れるからだろう。極端な例を以前、鹿児島県の徳之島で見たことがある。徳之島は奄美群島にある比較的山がちの大きな島である。海の調査で訪れたのはちょうど雨の時期で、島を周回するとあちこちの川からおびただしい量のどぎつい赤色をした泥流が流れ出し、青い海を赤く染めていた。そして、それらは海底のサンゴに降り積もり、窒息させていた。以前は緑ですっぽりと覆われていた島の山肌が農業基盤整備事業で大きく切り開かれ、雨が降るたびにその赤い土が泥となって川を流れ下るのである。

今、こうしたことが日本中で普通に起こっている。普及した土木工事機械によって小さな工事から大きな工事であらゆる地面がほじくり返されている。その量や昔の比ではないだろう。

水温もそうである。串本あたりを例に取れば海水温はここ30年ほどで1度以上上昇している。これによって以前にはいた生物がいなくなってしまったところがある。

たとえばイトマキヒトデ。イトマキヒトデは日本中に住んでいる四角い形をしたヒトデであるが、これなどは和歌山県内を例に取れば北へ北へと分布域が移動している。また、小魚たちの稚魚の育成場や住み家となるアラメやカジメ・ホンダワラといった大型の海藻類も凄まじい勢いで減っている。

これらの減少は水温がその大きな原因といわれる。だが、プランクトンと同じく水中の窒素やリンを栄養としている海藻も海中の栄養分が減ったのが減少の原因だという説もある。そんなことから本当の原因ははっきりしない。

ただ、こうした海藻類の成長は昔から黒潮が接岸するようなときにはわるくなるといわれている。これは黒潮が貧栄養の海流であるからだといわれている。海の中の環境要因はあらゆる要素が絡まり合っており、たったひとつだけの要因で自然が変化することの方がむしろ稀だ。だから原因を突き止めることは、絡まり合ったいくつもの糸をほどく作業に近い。

魚が減っている原因の犯人捜しはこれからもずっと続いていくのだろうが、水質にしろ水温にしろ、ほんのちょっとした変化が大きな変化を与えるのが自然の怖さである。逆に考えれば、今の微妙なさじ加減がひとつ狂えば生き物の命なんてわけなく消し去ることができるわけである。

自然の持っている絶妙なバランス感覚にはただただ舌を巻くしかない。

釣りエッセイ・宇井晋介4
ほんのちょっとした変化が連鎖を生み、自然が変化していく。

【宇井晋介・プロフィール】

幼いころから南紀の海と釣りに親しみ、北里大学水産学部水産増殖学科を卒業後、株式会社串本海中公園センターに入社。同公園の館長を務めた海と魚のエキスパート。現在は串本町観光協会の事務局長としてその手腕を振るっている。また、多くの激務をかかえながらもSWゲームのパイオニアとして「釣り竿という道具を使って自然に溶け込む」というスタンスで磯のヒラスズキ狙いやマイボートでのおかず釣りを楽しんでいる。

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