魚と記憶力|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2011》 | SWマガジンweb | 海のルアーマンのための総合情報メディア

魚と記憶力|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2011》

魚の記憶力・アジ1

魚はハリに掛かったあとにバレた場合、どれくらいの間それを記憶しているのだろうか。釣り人なら数時間どころか数日間も記憶していると思うだろうが、実際のところは…

文:宇井晋介

※このエッセイはSWマガジン2011年11月号に掲載されたものです。

最近とみに記憶力がわるくなった。もともと忘れ物が多く、職場でも忘れ物の天才(何ごとにでも天才と呼ばれるのは気持ちのよいものである…⁉)と呼ばれ、自虐ネタで笑いも取れていた私である。だが、それがたびたびとなると洒落にならない。

一番忘れるのが人の名前である。それも身の回りの人から芸能人にいたるまで誰でもコロリと忘れてしまう。特に誰でも知っていそうな芸能人などを忘れると、いつまでも喉の奥に骨でも引っ掛かっているような感じがして、思わず「あいうえお」から順に名前を捜してしまう。

もっとも、そんな努力をしても報われることはごくまれだ。ほとんどは途中で挫折する。ところが、ふとした拍子にそれまでのことが嘘のように思い出すのだから、記憶とは本当に不思議である。

このまま記憶力が退化し、聞いたことや見たことを数秒で忘れてしまうことになれば、それこそ「金魚」以下になってしまうと思うとちょっと怖くもある。

で、今回はサカナと記憶力の話である。

水族館のマアジ

金魚の記憶力は2秒だと何かの本で読んだことがある。果たしてそれは真実か。私自身は水族館に勤めて30年になるが、これまで仕事で金魚を飼ったことはない。なぜなら私の勤める水族館は海の魚しか飼っていないからである。でも、趣味でなら金魚を飼ったことは何度もある。もっとも、それほど金魚フリークでもない。大方の金魚は縁日の金魚掬いで手にしたものである。

金魚というのは生まれつきのんびりしているのか、あまりがむしゃらに生きている感じがしない。こんなことをいうと金魚ファンには怒られるが、見かけはキレイでもどことなく脳天気で、なんとなくぼけーっと生きている感じがすごくする。

最近はドジョウと比べられて少しは名前が売れた金魚だが、それでもほめられたわけではない。どちらかというとドジョウの引き立て役であった。そんなのんびりした魚だから「記憶力は2秒」という話がまことしやかに生まれてきたのかもしれないが、実際この記憶力2秒には学術的根拠はないらしい。

では、実際に魚たちの記憶力はどれくらいなのだろうか。釣り人は、魚はずいぶんと記憶力のよい生き物ととらえているようだ。そうでなければ逃げられた魚はすぐにまたハリに食いつくはずであると。なるほど。

仮にすべての魚の記憶力が2秒だとすると、バレてしまってもあわてず騒がず深呼吸を2つ、3つ、あるいはペットボトルのジュースでもひと口、ふた口飲んで、再び仕掛けを投げ入れれば魚はまた食いつくことになる。しかしながら多くの釣り人が経験しているように、逃がした魚が数秒以内に再びハリに掛かる確率は限りなくゼロに近い。となると、魚は2秒どころかずっとハリに掛かったことを記憶しているに違いないと考えざるをえない。

魚の記憶力・アジ2
釣り人はしばしば魚の記憶力に考えを巡らせるものだが…。

以前、私の勤める水族館でこのようなことがあった。館内の水槽にマアジを飼育していたときのことである。この水槽は展示ホールの中央にあり、飼育係が2日に1度餌をやっているのだが、1日中たくさんのお客さんが水槽の近くを通るのに、飼育係が近づいたときにだけ反応して表層に集まってぐるぐる泳ぎ回る。もしかしたら、このマアジたちは私の顔を覚えてくれてそれで反応しているのか? 担当の飼育係はそう考えた。

そこで彼らがいったい何を見て飼育係を記憶しているのかを実験した。その結果、マアジたちが何で飼育係を他のお客さんと区別しているのかが判明した。

残念ながらそれは飼育係の顔ではなかった。それは飼育係が手に持った餌入れの金属トレイだったのだ。銀色に光るそのトレイを手にしているかどうかでマアジたちは飼育係を他の多くの人間と区別していたのである。てっきり自分を覚えてくれたと思っていた飼育係にとっては少々残念なことであったが、それでもこれによってマアジたちの意外な一面が見えた。

魚の記憶力・アジ3
水族館のアジは飼育係を他のお客さんと区別していることが分かった。

彼らは餌をくれる人とそうでない人を区別し、またそれを2日はきっちりと「覚えていた」のである。これはマアジに限らない。現在、串本海中公園センターでは1日2回、魚の餌やりトークというイベントをやっている。これは水槽の前で飼育係が10分程度のトークを行ない、その後で餌をやるという趣向である。

トークが始まるとたくさんの種類の魚たちが水槽の上に集まり、ぐるぐると回遊し出す。おそらく水槽の中の魚たちはガラス越しに「飼育係の話+お客さん」という組み合わせを見て、餌を食べられる組み合わせとして認識し、覚えているのだろう。

こうした行動は慣らされた犬が餌を見るとよだれを垂らすような条件反射であるという意見もある。だが、少なくとも魚たちは餌をくれる人は銀色のトレイを持っている、あるいは飼育係とお客が集まると餌をもらえる、ということを学習して記憶しているのは間違いない。

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