【釣りの本質を追求するために…】私を創った釣りの格言《PART2》

釣りエッセイ・釣りの格言1

エキスパートが心に刻む釣りの真髄に迫る言葉の数々。そこからは学ぶべきことがたくさんある。「逆境にぶち当たるたびに響く恩師の声。釣りとはスポーツ、そして人生だ‼」

文:安田栄治

いちゃりば・ちょーでぇー(袖振り合うも多生の縁)

沖縄では、行き逢いば兄弟(=一度会ったら兄弟)という言葉がある。私たちは釣り場やその周辺でさまざまな人々と出会う。中には固く心を閉ざした方や、釣り場や釣果を独占したいがために他人を踏み台にしようとする方もいる。そんなときに私の脳裏に浮かぶのは、旅先で出会った前述の沖縄の言葉「いちゃりば・ちょーでぇー」である。

本来釣りは娯楽の王様、かけがえのない楽しみのはずだ。ところが実際の釣り場では目に見える、または見えない戦いや、他人の犠牲の上に成り立つ楽しみが存在する。そんなことはあってはならないと私は思う。奪い合えば不足するが、分け合えば余るものだ。

真っ暗な釣り場で、ときとして凶器になるルアーを私たちは常時投げているうえ、互いが触れんばかりのスペースで行き交わさなければならない場面もある。事故が発生すれば互いに助け合わなければならないことを考慮すれば、性善説を前提にするのではなく事前にコミュニケーションを取ることも大事だろう。もし、相手に悪意があると考えたら、恐ろしくて仕方がない。

釣りエッセイ・釣りの格言2
釣り場では笑顔を絶やさないように心がけることで…。

何も難しいことではなく、ニッコリ笑って挨拶をし、少しばかりの思いやりを持って釣りをする。たったそれだけのことで釣果情報はもちろん、私自身は無二の親友に出会え、エリアごとのネットワークにも繋がるなど、さまざまな特典が得られた。また、漁港内の散歩や五目釣りを楽しむ方々の中には現役の海女や年老いた元漁師の方も多く、さまざまなことを示唆してくれて私の大きな財産となっている。ときには、生活の糧を海から得ている現役バリバリの漁師さんでは教えてくれないようなことも聞くことができる。

自分がかわれば世界がかわる。一度試してみてはどうだろうか?

釣りエッセイ・釣りの格言3
気持ちに余裕を持つことで、釣果以外にもさまざまなものを得ることができる。

DO NOT THINK、FEEL‼(考えるな、感じるんだ‼)

映画「燃えよドラゴン」の中でブルース・リーが発した有名なセリフである。学生時代~社会人を柔道選手として過ごした私にとって非常にしっくりとくる言葉である。

柔道において技を習得するには人体の構造を学ぶことから始まり、技のメカニズム、特徴、タイミングや相手の反応、体勢の崩し方を知らなければならない。そこから膨大な時間をかけて血のにじむような努力を重ねることで脳を介在することなく反射的に繰り出せるようになって初めて、緊迫した試合で通用する必殺技に昇華する。野球のバッターにしても、ピッチャーの投げる時速150㌔のボールを脳を介在して認識する→ストライクかどうかを判定→最適な打撃フォームを選択し実施、という段階を踏んでいてはバックスクリーンにはたたき込めないはずだ。

また、技能習得に関して、守・破・離という日本独特の考え方もある。これを釣りに当てはめると、インターネットや雑誌などで勉強し、上級者に教えを乞いながらセオリーを守り続けることでベースを作る。それができ上がれば、あえてセオリーに反するアプローチを試み、トライ&エラーを繰り返して検証を重ねる。そして、最終的には何ごとにも捉われず感じたままに実践することで自分の世界を構築する、ということになる。それは、たとえばエギングの超エキスパートがいう「投げて巻くだけ」のレベルに達することではないだろうか。

もちろん、水深や潮流、地形などの基本事項についても、いわゆる「海中が見える」レベルの判断を無意識で行なえるだけの技量を習得していなければならない。生半可なレベルでの「アオリイカなんか、おったら釣れるでしょ」というのは勘違いに過ぎない。アオリイカは想像以上にいる。釣れないのは状況に合致したアプローチができていないだけである。

釣りエッセイ・釣りの格言4
どんな釣りでも追求すれば奥が深いもの。その中に楽しみを見出して自分の世界を構築したい。


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