テトラと海、魚について|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2010》

テトラポッド 釣り・魚1

今や日本の海岸の代表的景観となり、私たちアングラーにも多大な貢献をしてくれたテトラだが、ここにきて急速に旗色がわるくなってきた。昔の人たちが白い砂浜と青い松を懐かしむように、あのテトラの並んだ海岸を懐かしく思い浮かべる日がくるのかもしれない…

文:宇井晋介

※このエッセイはSWマガジン2010年9月号に掲載されたものです。

テトラポッドとは…

テトラポッドは釣り人なら誰もが知っているコンクリート製の構造物。何の役に立っているかというと、釣り場としてとても有効‼ ではない。そうテトラポッドは、本来は砂の流失を防いだり、大きな波が護岸や海岸に打ち寄せるのを防ぐためのものなのである。

テトラポッドは日本語では消波ブロック、あるいは波消しブロックと呼ばれる。「テトラ」あるいは「テトラポット」などを呼ばれるが、正しくはテトラポッド。テトラはラテン語で4の意味であり、4本脚の構造物を意味する。

ところでテトラポッドはすべての波消しブロックを意味するのではなく、一番よく目にするあの4本脚のブロックの「商標登録」なのである。商標登録とは、たとえばお菓子でいえば「おやつのカール」「蒟蒻畑」「きのこの山」みたいなもので、当然勝手にはその名前を使えない。テトラポッドはあまりにその名が有名過ぎてこうした構造物の総称みたいになってしまったのだ。

同じような例に「アクアラング」がある。今でも空気タンクを背負って潜ることを「アクアラング」と呼ぶ人がいるが、これは最初に普及した潜水器具がすべてアクアラング社製だったからに他ならない。正しくは「スキューバ潜水」だ。テトラポッドも画期的な発明だったおかげで、こうした構築物をすべてテトラポッドと呼んでしまったのである。

もっとも今ではテトラポッドも4本脚だけではなく、8本脚やドーム型などさまざまなものがあり、そもそもテトラといういい方は間違っていることになる。ただ、テトラポッドの名はあまりに有名であり、勝手ながらここでも消波ブロックではなくテトラポッド=テトラという名前を使わせていただく。テトラポッドの日本での販売者、不動テトラさんごめんなさい。

テトラ設置の経緯

テトラは1949年にフランスの会社が開発し、モロッコの発電所の護岸に使ったのが最初らしいが、この日本に急速に普及したのは1960年ごろからである。それ以前は白砂青松といわれ、白い浜と青い松の木の調和が美しい浜辺がどこにもあった。確かに私が子供のころには家の前に青々とした松の並木があり、白い浜が続いていた。国道の海側はこの松林と下草でできた草むらで覆われ、海風や砂の飛散を防いでいた。

ところが、1960年ごろを境にこの松林が急速に失われる。それは国道の拡張工事や宅地造成に伴うものだったり、松枯れによるものだったり、あるいは津波や高潮対策などの名目でコンクリート護岸を作るためだったりと理由はさまざまだが、とにもかくにもそれまで海岸を守っていた広い砂浜や後背地、松林は失われ、浜は急速に狭くなった。そのために海岸はしばしば海からの波で洗われるようになり、そこにテトラが入り込んできた。

高度成長期の日本は公共工事のインフラ整備が盛んに行なわれ、それは海岸も同様だったからだ。高度成長のシンボルである大阪万博前後はまさにこのインフラ整備が絶頂に達した時期であるが、当時流行ったインベーダーゲームのようにテトラはまさにこの海と陸の隙間に入り込んできたのである。また、これを後押ししたのが戦後のダム工事である。 

今でもその善悪について論争の的になるダムであるが、ダム工事によって最も大きな影響を受けたのは実は砂浜海岸である。灌漑と同時に洪水時に氾濫を抑える治水目的で作られたダムであるが、これは同時にそれまで洪水時に大量に海に運ばれていた砂や石を山の上でせき止めることになってしまった。そのために砂の供給を絶たれた日本の浜は見る影もなくなってしまったのである。

そうした「追い風⁉」に助けられて増加し続けたテトラは、今では日本中の海岸を埋め尽くす。聞くところによると今やテトラを含めて日本の人工海岸の距離は全体の40㌫以上にも及び、その割合は世界の中でも極めて高い。

コンクリートで作ったテトラをクレーンで組み上げるだけで護岸ができるという簡便性と、波を打ち消す優秀な機能で日本の海岸を埋め尽くすまでになったが、一方では経費垂れ流しの安易な公共工事のシンボルとしてあげられることも多い。確かに高度成長期に行なわれた湾岸工事などには批判も多い。また、最近は景観にはなはだ悪影響があるということでテトラには分がわるい状況が続いている。


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