海と鉄の話|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2010》
水中に鉄がないということは…
鉄が水中の生物に大きな影響を与えている実例はいくつもあるという。たとえば川に鉄橋が架かるところでは、その下で大きなシジミが取れる。これは鉄道から落ちる鉄粉がシジミの餌となる植物プランクトンを増やすからだといわれる。そこでこの海水中の鉄分を分析してみたところ、近年になってどんどん減少しているということがわかったのだ。
鉄が海の中でどんな役目をしているかというと、植物すなわち海藻や植物プランクトンが水中から取り込む窒素などの栄養分の吸収の補助。鉄分がなければ植物は栄養を取ることができないのである。だから水中に鉄がないということは、植物にとって致命的なことになる。
このことに気づいて山に木を植え出した漁師さんたちがいた。もう20年以上も前のことである。学者たちが大騒ぎする前に経験的にそのことに気づいて漁師さんたちが活動を始めたのである。毎日の実体験からくる確信はスゴいものである。
では、山の中でどんなことが起こっているのか。山では土の中にある鉄分に降り積もった落ち葉の中にあるフルボ酸というものが結合し、フルボ酸鉄というものができる。このフルボ酸鉄は大変安定した物質で、そのまま川を流れ下って植物プランクトンや海藻の中に取り込まれていくのである。海藻や植物プランクトンが増えれば当然ながら魚や貝、ウニたちも増える。
そこで山に木を植えて海を守ろうという活動が全国でどんどん盛んになってきたわけであるが、初めはそれをもっと手短にやろうという話だった。すなわち、鉄がないならそのまま鉄を海に入れてやろうということである。最近はそれだけでなく、鉄製のオリの中にこの鉄鋼スラグを入れた鉄鋼スラグ漁礁なるものができ、現在効果を検証中である。
鋼鉄の漁礁には海藻がよく生え、魚もつくということは昔から知られている。私たち釣り人がお世話になる漁礁にも鉄製のものが少なくない。私がいつもジギングに出かける漁礁は通称「電車」と呼ばれているが、これは読んで字のごとく本物の電車をそのまま沈めてある。また、すぐ近くには「鉄塔」という漁礁もある。こちらもその名の通り電力会社の古い鉄塔を切って沈めてある。電車の方は設置されてから40年以上の代物なので今ではずいぶんと朽ちて魚探で見ても原型を失いつつあるが、鉄塔の方はまだ新しいので現役バリバリ。魚たちもたくさんついている。
私自身もこの30年ほど主に県下のあちこちの漁礁に潜水して調査を行なったが、確かに鉄製の漁礁では海藻などの生育がよいように見受けられる。やはり鉄と海は相性がよいのだ。
ただ、漁礁というのは単に魚や海藻がつけばそれでよいというものではない。多くのコンクリート漁礁がそうであるように、その多くは規格製品であり、基準に沿ってきちんと沈められていることが多い。海岸から遠く離れた深い海中で苦労して見つけた巨大な漁礁が、指一本入らないほどきっちりと、まるで定規で測ったかのように並んでいるのはちょっと異様である。
そして同時に、どうしてこんな深いところに、どうやってこのような大きなコンクリート塊を、これだけきちんと並べる必要があるのだろうかという疑問がわく。
その答は、漁礁は魚たちを集める役目と同時に公共工事であり、土建屋さんやセメント屋さんを潤すことによって地方経済に貢献(⁉)しているということである。だから、たとえ見えない海中に設置するものであっても、きっちりと設計図通りにしなければならないのである。その考え方はおそらく陸上に建物を建設するのとまったく同じなのだろう。私的には正直ずいぶんと無駄な手間のように思えて仕方ないのだが。
話が脱線してしまったが、どんな形にせよ今後この鉄鋼スラグの漁礁はブームに乗って増えていくことだろう。でも気になることがある。それは本当にこの鉄鋼スラグ漁礁が海や海藻や魚たちのことを考えて入れられているものなのか、ということである。
コンクリート漁礁がそうであるように、本来の役目からずれていることも考えられないわけではない。リサイクル率が極めて高いということからすると、産廃のうまい処理方法という、うがった見方をするのは酷だが、スラグの中には鉛などの有害物質が含まれているものがあるという研究もある。仮にも海に豊かさを取り戻す試みが、反対に海を汚すことにならないように願いたいものだ。
そして、同時にこれだけは忘れないでほしい。本来、海の栄養は陸上の森林から供給されるのが正しい方法であり、鉄をそのまま供給するのはたとえていえばサプリメントと同じであるということを。
健康のためにサプリメントばかりに頼らず、きちんと食事から取りましょう‼ これは人間にも海にもいえることなのである。
【宇井晋介・プロフィール】
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