海と鉄の話|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2010》
本来、海の栄養は陸上の森林から供給されるのが正しい方法である。鉄をそのまま供給するのは、たとえていえばサプリメントと同じだから…
文:宇井晋介
※このエッセイはSWマガジン2010年3月号に掲載されたものです。
生活になくてはならない鉄
最近、鉄人28号の話題が多い。神戸にできた原寸大の鉄人モニュメント、某携帯電話会社のCMに出て町中で暴れまくるちょっとかっこよくアレンジされた鉄人等々。
鉄人28号といえば私がまだ小学校の低学年のころに一世を風靡した(歳がバレるか)ロボット漫画だが、今に再現してもなかなか味がある。鉄人より後のロボットといえばガンダムに代表されるような「超合金」のロボットばかりで「材料 鉄」なんて公言しているものを私は知らない。
私の場合は育ったのがこの鉄人28号、あるいは鋼鉄の胸を持つエイトマン、はたまた鉄腕アトム(アトムの体が果たして鉄なのかは怪しいが)の時代なので超合金と聞くとどうもうさんくさい気がしてしまう。
超合金の超って何よ? 合金っていったい何の合金だよ‼ という突っ込みが先に浮かんでどうも信用ならない。その点、鉄は分かりやすい。あのヒーローが鉄でできていると考えただけで親近感がわくというものである。
その先はまた後日の話として、鉄は私たちの生活になくてはならないもの、そして極めて身近なものである。
少なくとも超合金よりは…(え…しつこい⁉)。そんな鉄が最近どんどん少なくなっているようなのである。どこから? そう海からである。海から鉄が消える? そもそも海の中に鉄? という人が多いだろう。
海から鉄が失われている
そんなことに思いが巡ったのには理由がある。実は先日の早朝、串本海中公園の海岸に近くの漁師さんが大挙して訪れた。軽トラックには何だか訳の分からない袋が満載してある。そして漁師さんたちは、やおら海中公園の前の海岸に穴を掘り始めたのである。
びっくりしたのはこちらのスタッフ。シュノーケリングやダイビングをする海岸に訳の分からないものを埋められてはたまったものではないということで押し問答になったらしいのだが、聞くと海岸に埋めようとしているのは「鉄鋼スラグ」という代物。
鉄鋼スラグとはあまり聞き慣れないものだが、簡単にいうと鉄を作るときに出てくるもので、いわば産業廃棄物。石灰がたくさん入っているのでアルカリ性が大変強い。地方によっては廃棄場所からの健康被害も報告されているが、実は全体の99㌫はセメントなどに再利用されるといわれる優良産業廃棄物なんだそうである。
しかしなぜ、仮にも産廃である鉄鋼スラグを、海に生きる漁師さんたちが汗を流して海岸に埋めたのか。その元になったのが「海に生き物たちが少なくなったのは、海に鉄が少なくなったからである」という研究である。
みなさんも「磯焼け」という言葉を一度や二度は聞いたことがあるだろうが、日本の海だけでなく、世界の海は今やどこもかしこもこの磯焼けに悩んでいる。私が住んでいる串本も例外ではなく、私が子供のころに見た海と今の海とではまったく様相が異なっている。
私が鉄人28号や鉄腕アトムに夢中になっていたころの海岸は、春になるとホンダワラという海藻に埋め尽くされた。浅いところではそれこそ海藻の上を歩けるのでは? と思えるほど分厚い群生がいたるところに広がっていた。
ところが今はどうだろう。春になっても海藻のじゅうたんは現われず、ここ数年は名産のヒジキすらロクに取れなくなってしまった。餌がなくなったアワビやトコブシはやせ細り、放流をしても生き残らない。北の海ではウニが同様の有様だ。取れても殻ばかり、やせ衰えたウニばかりのところも少なくない。
以前、この原因は海藻を食べる種類の魚やウニが増えたこと、人間が流す汚染物質、あるいは水温の上昇だといわれていた。もっともこれらも原因の1つではあるのだが、以前はたとえ海藻は何らかの原因で減っても、数年すればちゃんと戻る能力があった。ところが最近は、一度枯れてしまうと戻らないことが増えた。
さて、それは何だろうということで出てきたのが、この「海から鉄が失われている」だったのである。
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