ハイブリッドの時代|知っていたからって釣れるわけじゃないけれど…《アーカイブ from 2010》
ハイブリッド魚は競争力に優れているから…
イシガキイシダイは自然の環境下でも生まれるが、タイの仲間など本来遺伝的に近い種は雑種交配ができる可能性がある。ではどうして自然環境ではこうした雑種ばかりになってしまわないのだろう。
マダイとチダイ、あるいはクロダイが同じ場所で釣れるのは珍しいことではない。地味なクロダイのオスにとって美しいマダイのメスはとても魅力的に映りそうに思えるが(笑)。
ところが、雑種がどんどんできていくというのは進化と逆行するわけで、実際には自然界にはなるべく雑種を作らない仕組みが働いている。たとえば、大変近い種類であるスズキとヒラスズキをとってみても両種は産卵時期がずれていて、交雑をなるべく起こさないようになっている。これを生殖隔離というが、自然はさまざまな仕組みを長い年月の間に編み出し、それぞれの種が独立していくようにプログラミングしているのである。
ところが、自然では交雑が起こらない状況であっても、元来がとても近い種類である場合には人工環境で受精を行なうと簡単に子供ができる。今のハイブリッド技術の多くはそうして編みだされてきたものなのだ。
もちろん開発者たちは将来の食料資源の確保や、水産業の復興などの崇高な使命感でもって日々新たなハイブリッドを作っている。だが、それが最後まで人工環境下で面倒を見きれれば問題はないが、実際のところは一度開発されるとそれを人工環境の下でずっと管理するというのは残念ながらほとんど無理な話なのである。
特に海水魚の場合には陸上施設のみで飼育することは不可能に近く、種苗のうちは陸上でも大きくなれば海上施設に移される。ご存知のように日本は台風が多い国であり、また通常の飼育下においてもイケスが破れて魚が逃げだすということは珍しいことではない。開発者の意図に反してハイブリッド魚たちが自然の海に放たれるのは、もうほとんど避けられないことなのである。
では、放たれたハイブリッド魚はどうなるか。自然はうまくしたもので、一般に交雑によって生まれた子ども、つまりハイブリッドには生殖能力がないとされる。つまり自然界では間違って種が交雑しても、それ以上拡大しない仕組みができているということである。
ところが、これも完全ではなく、極めて近い種類では子孫を残すことができる。たとえば、ヤマメとイワナでは交雑は起こるが子供は子孫を残せない。ところが、イワナと極めて近い種であるブルックトラウトでは子供にも生殖能力がある。
イシガキイシダイやブリヒラはどうか。これらはどうやら極めて近い親戚であるがゆえに、子供も生殖能力を持つ。すなわち雑種が雑種を生むことができるのである。また、犬や猫の雑種は丈夫といわれるが、実は魚でもそれが当てはまるらしい。
ブリヒラは同じ年月飼育するとヒラマサの倍の体重に達するという。また遺伝的にも決して弱いわけではない。こうした魚が自然の海で増えると、それ自身が飛び抜けて成長が早いばかりに同じような生活スタイルを持つ魚を駆逐してしまったり、さらには元からいるブリやヒラマサと交雑する危険性もある。そうなると本来のブリやヒラマサという魚自体がなくなってしまう可能性すらあるのである。
確かにハイブリッド魚は成長が早く、丈夫で味もよいといいことづくめである。そういう意味でハイブリッド魚は牛や豚のような「家畜である」といってもよいかもしれない。
しかしながら、釣り人としては何だかすっきりしない。いくら大きくて、味もよくて、釣りやすくても、本来自然にいない魚を釣るのは何だか抵抗がある。
ハイブリッド車が出てきても「やっぱり車はエンジンで走らないと乗っている気がしない」という人が結構いる。ハイブリッド魚は自然に与える影響が大きいことから現在も将来的にも積極的に放流されることはまずないとは思うが、おそらくこれから先、私たち釣り人が遭遇する機会はまだまだ増えていくことだろう。
そう考えると、競争力に優れたハイブリッド魚たちが将来、釣魚の主流にならないとも限らない。アンチハイブリッド車の人のように、食わず嫌いはもう時代的に許されないのだろうか。でもやっぱり作られた大物よりも、たとえ小さくても自然が生みだした自然の魚が釣りたいと思うのは私だけではないだろう。そう信じたい。
【宇井晋介・プロフィール】
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